広島高等裁判所岡山支部 昭和29年(ネ)43号 判決 1956年4月20日
控訴人
難波甚三郎
被控訴人
佐藤光則
主文
原判決中一万円を超えて支払を命じた部分を取消す。
被控訴人のこの部分に関する請求を棄却する。
控訴人のその余の控訴を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じ各自負担とする。
原判決は被控訴人の勝訴部分に限り、被控訴人において、担保として金参千円を供託する時は仮に執行することができる。
事実
(省略)
理由
(一) 管轄違の抗弁
民事訴訟法第三百八十一条によると、当事者は控訴審においては専属管轄の場合を除いて、第一審裁判所が管轄権を有しないことを主張することができないのであるから、専属管轄に属しない本件においては控訴人にはもはや管轄違の主張はできない。よつて、右抗弁は理由がない。
(二) 名誉毀損の事実
被控訴人が岡山弁護士会に所属する弁護士であることは当裁判所に顕著であり、同人が控訴人から被控訴人主張の家屋工場の明渡事件の委任を受け、その調停を井原簡易裁判所に申請した結果、昭和二十四年(ユ)第一二号家屋明渡調停事件において被控訴人主張の調停の成立したこと及びその後右調停事件の調停委員桑木源之助方に、今一人の調停委員黒岡友一、調停の相手方末永鉄一郎、控訴人等が会合したことは当事者間に争がない。
その席上控訴人が被控訴人を非難したことは控訴人も敢て争わないけれども、如何なる事情からかようなことになつたか及び右非難の言辞の内容如何について検討するに、成立に争のない甲第一号証、乙第二号証の二、原審証人桑木源之助、末永鉄一郎(一部)、原審ならびに当審における証人黒岡友一の各証言に弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実が認められる。
即ち、右調停において前記両調停委員が調停を試みたところ、被控訴人は控訴人の委任に基いて本件家屋工場の賃貸借期間の満了を理由としてその明渡を強く主張し、相手方である未永鉄一郎は明渡を拒否して互に譲らなかつたので、右調停委員等から双方に対して適当な値段で売買するよう勧告があつたが、被控訴人は控訴人の意向を確めるため調停は続行されたところ、控訴人は調停外で黒岡友一に対して、相当価格で売却してもよいとの意向を洩らし被控訴人にも同趣旨のことを表明したので、次の調停期日では、右調停委員等から敷地をも含めての売買を当事者双方に勤誘した結果、双方共これを内諾したので、更にその価格を決めるために、三名の評価人を選定して評価をなさしめたところ、三十二万円ないし五十六万円の評価であつたが、右評価物件中には控訴人の姉加代名義のものもあつたので、昭和二十六年二月十三日の調停期日には控訴人所有名義の家屋と土地のみを四十万円で売買することとなつたところ、控訴人から本件家屋等についての約一万円の滞納税金の負担を末永に要求し同人がこれに応じないので、折角の調停も不成立に終らうとする形勢になつたので、被控訴人はそれでは控訴人に不利益になるものとして、自己の受くべき報酬金中から右一万円を支出すべきこととし事態の拾収をはかつたため、その席に居た控訴人もこれを承諾したのでようやく調停が成立し、その場で末永は手附金として額面五万円の小切手を控訴人に交付した。ところが、その後控訴人は右売買価格が安すぎるとして、末永からの送金十五万円を、送り返して右売買契約に応じない態度を表わしたので、桑木の発案で同年三月末頃同人方に前記調停委員黒岡、控訴人、末永鉄一郎の四名が会合し、その席上控訴人は右売買価格の安いことに不平不満を述ベたので、桑木から五、六万円の増額を提案したところ、控訴人は興奮して大声で「そんなことは考えていない。被控訴人は自分の代理人でありながら相手方である末永と共謀して自分の家をこのように不当に安く売らすようなことをして不都合である。これは背任行為である。」といつたので、桑木は怒つて控訴人をたしなめる始末に、末永も帰つてしまい右会談は物別れとなつてしまつた。
右認定に反する記載のある乙第一号証の一、二、第二号証の三はただ控訴人の意見供述を記載したものにすぎないし、その内容は前述の各証拠に照らして信用できないから反証となし難く、その他には右認定を左右するに足る証拠はない。
(三) 不法行為の成立
およそ弁護士は依頼者から全幅の信頼を受けて誠実公正に職務を行うべきものであるから、名誉を重んじ、信用を維持するとともに常に品位を重んじなければならなないのに右認定の如く、相手方と通謀してその利益を図り背任的な行為をしたと事実無根のことを公言されるにおいては、被控訴人は弁護士としての名誉感情を害せられたものといわなければならない。従つてたとえそれが刑法上の犯罪を構成しないとしても、民法上は右違法な侵害により不法行為を構成することは明らかであつて、右発言は控訴人が興奮していたためなされたものであつても過失の責は免れないから、控訴人としては被控訴人がそのために被つた精神上の苦痛を慰藉する方法を講ずべき義務がある。
(四) 名誉回復の措置
控訴人は慰藉の方法として新聞紙に陳謝の広告をすれば十分であると主張するが、不法行為による損害賠償は金銭賠償を原則とし、裁判所は被害者の請求がなければ、右の如き方法を命ずることができないことは民法第七百二十二条第七百二十三条により明らかであるところ、本件においては被害者である被控訴人は慰藉料を請求しているのみであるから、右主張は採用しない。
(五) 慰藉料の額
被控訴人は控訴人の本件発言は大声でなされ、室外の第三者にも聞こえたと主張するけれども、これを確認するに足る証拠はない。したがつて(二)の認定事実からすれば、その席に居合わせた関係者が聞知した程度であるものと解されるところ、関係者はいずれも調停成立にいたる経緯を熟知しているものであつて、右発言により被控訴人の信用を害されたものとは認め難いことおよび控訴人は被控訴人を誹謗するため故らかかる発言をしたのではなく、興奮の余りなされたこと等諸般の事情を綜合して右慰藉料の額は金一万円を相当と認める。控訴人は被控訴人に対する事件の委任は右調停において末永が賃貸借の終了を認めると同時に終了したにかかわらず、被控訴人は控訴人を誘導して本件調停につかしめたと主張するけれども、前記甲第一号証によれば本件委任は同人に対する明渡事件の処理にあつたことは明らかであるから、特別の事情のない限りその紛争が解決しない以上本件委任は終了しないものと解すべく、したがつて右主張は採用に値しないから、慰藉料額の算定に影響を及ぼさない。
(六) 結論
そうすると、控訴人は被控訴人に対して金一万円を支払うべき義務があるものというベく、したがつて、被控訴人の本訴請求は右認定の範囲において正当であるからこれを認容し、その他の部分は失当であるからこれを棄却すべく、右と異る原判決は一部取消しを免れない。
よつて民事訴訟法第三百八十四条、第三百八十六条、第九十六条、第九十二条、第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 三宅芳郎 高橋雄一 三好昇)